LED ZEPPELIN - CELEBRATION DAYS

Led Zeppelinの音源を少しずつ集めています。

Two Ones Are Won : #8 ピアノ曲で一休み?

1975年11月17日には、未発表だった曲が録音されました。

「10 Ribs & All/Carrot Pod Pod (Pod)」です。

 

なんだか変なタイトルですね。

「10 Ribs」といえば、ジョンジーは1973年に肋骨を負傷しているのですが、何か関係があるのでしょうか。もちろん、これを結びつける資料は見つかっていないので、ここは想像するしかありません。

 

というのもこの曲、ジョンジーのピアノを中心に、ギターとドラムを加えたインストゥルメンタル曲だからです。

Presenceは、キーボードの入っていない、Zeppelinのアルバムの中でもちょっと異質な一枚です。

しかも、アルバム全体にはかなり重い印象があります。そんなアルバムのための、非常に忙しい録音作業の真っ最中に、こんな雰囲気の未発表曲が録音されていたというのは、なんとも不思議な感じがします。

曲調も、いわゆるZeppelinの曲とは少し違っています。

 

ジョンジーがピアノを弾き始めて、そこにPageとBonhamが加わってみた。

「ちょっと一休みして、こんなのやってみようか」

....そんな光景を想像してしまいます。

もちろん実際にそうだったのかは分かりません。

でも、Munichでの猛烈な制作スケジュールの中に、こういう小さな寄り道のような曲が残されていたと思うと、ちょっと面白いですね。

 

Two Ones Are Won : #7 トラックは何処へ

1975年11月12日に録音された別ミックスのうち、残された最後は、「Hots On For Nowhere」です。

 

全体的には公式版と同じですが、細部に違いがありますね。

ギターのリフは高音が少なく、きらびやかさが控えめです。ソロも、公式版に比べると少し地味に聞こえます。
ところが、よく聴いてみると、ギターそのものはかなり面白い動きをしています。

 

トラックシートを見てみると、この曲もなにやらいろいろ手の込んだ音がオーバーダビングされています。

トラック11:O/D HARMONY GTR. / O/D SOME??? LEADS
トラック12:O/D VOX BLOW AT END
トラック13:O/D VOX FX D/TRACK
トラック14:POSS *GTR AT END / O/D LEAD GTR SWEEP

このミックスでは、公式版にはない曲の最後の「Oh...」という声が入っていますが、これがトラック12でしょうか。

また、トラック19~24の領域には、興味深いメモが残されています。
1ST TIME BOOGIE ON A [???] 9-11 RIGHT HARMONY
2ND TIME BOOGIE ON A - 8 (erase) - 9 (erase) -
← * POSS (erase) TRK 14 & 13 ALTERNATIVE ←

キーがAの「BOOGIE」パートで、どのトラックをどのように使うか、検討した跡と見受けられます。

最初の「BOOGIE ON A」では9~11を使い、2回目では8と9を消して、トラック14と13を使う別案も検討していたように見えます。
残されている音源を聴きながら、こうしたメモと照らし合わせてあれこれ考えてみるのも楽しいですね。
そして何より、この曲のギターは、しっかりとしたリズムの上に乗りながら、ときどきそこからふっと離れて、邦題の通り、何処かへ飛んでいってしまいそうなところがあります。

 

Two Ones Are Won : #6 Royal Orleansの設計図とダミ声の謎

「Two Ones Are Won」のリファレンス・ミックスの他に、1975年11月12日のMusicland Studiosでは2曲の別ミックスが残っていて、その一つが「Royal Orleans」です。
この曲は、ベースのジョン・ポール・ジョーンズがニューオーリンズのホテル(ロイヤル・オルレアン)でドラグクイーンを女性と勘違いして部屋に連れ込み、寝タバコでボヤ騒ぎを起こしたという話が土台になっていますね。

 

デラックス・エディションの「Royal Orleans (Reference Mix)」を聴くと、基本の演奏は公式版と同じですが、ロバート・プラントの正規の歌声は入っておらず、代わりにダミ声の奇妙なボーカルが全編を歌っています。
このダミ声の主については、ジョン・ボーナムボンゾという説と、ツアーマネージャーのリチャード・コールという説があります。

どちらが正解か、明確な答えは見つかっていないようですが、残されたトラックシートを見ると色々と興味深い事実が見受けられます。

 

まずシートをよく見ると、「LED ZEPPELIN」という文字の上の隙間に、薄い筆記体で「John Bonham」と彼の名前が薄く鉛筆書きされています。

さらに、トラック13・14の欄には非常に小さな文字で「Burbon St Verse」と「Dr John On」というメモが書かれています。
「Dr. John」とは、曲の舞台となるニューオーリンズのミュージシャン、ドクター・ジョンのことです。
ドクター・ジョンは、ダミ声と怪しげなスラングで歌うスタイルで有名でした。

 

ここから、「ニューオーリンズの事件をテーマにした曲だから、ボーカルもドクター・ジョンのあのダミ声のモノマネをしてふざけて歌おう」と、スタジオ内の悪ノリでこの仮歌(Dr John On)を吹き込んだとも考えられます(妄想ですが)。


もちろん、「John Bonham」という名前が書かれているからといって、それだけでダミ声の主がボンゾだったと断定することはできません。ただ、こうした記載が残っていることを考えると、ボンゾ説を想像させる材料の一つではあります。

 

あのダミ声に注意が行きがちですが、他にも機材的な面で色々と気が付くことがあります。
このシートには「MASTER REEL 1」と書かれているのですが、この後にダビングを重ねた「REEL 2」のマスターも存在していたのでしょうか。
また、アキレスの24トラックとは違って、この楽曲では16-TRACKでコンパクトに録音されていたことが読み取れます。

シート下部に殴り書きされた大きな赤文字の「C.C.I.R.」や、右上の「E.Q. N.A.B.」の上からわざわざカッコ書きで修正された「(C.C.I.R.*)」という記載も目を引きます。
NAB(米国音規格)とCCIR(欧州の規格)はいずれもテープ録音・再生時のイコライザー規格ですが、ここでは両方の記載が見られ、混ざって録音されているようです。
録音の途中で何らかの設定変更があったのでしょうか。それとも別の理由があったのでしょうか。残されたシートだけでは分かりませんが、こうした書き込みからも、当時の録音現場で実際に行われていた作業の一端が見えてきます。

さらに、シートのトラック9、10には「CONGAS(コンガ)」の文字が見えますね。
この曲でコンガというと、個人的にはあまり意識していませんでしたが、改めて聴いてみると後半では確かに聴こえてきます。

こうしてトラックシートに書かれた情報と実際の音源を照らし合わせてみると、単に曲を聴いているだけでは気づかなかった音が見つかるのも面白いところです。

 

目を引く黄色で書かれたプロ用ノイズリダクションシステム「Dolby A」のマークや、テープの冒頭に基準音を入れてあることを示す「DOLBY TONE ON FRONT」のデカデカとした手書きメモ、そしてAGFA PEM 468の使用。

こうした記載からは、当時のMusiclandでどのような機材やテープを使って録音していたのかが具体的に見えてきます。
音源だけを聴いていると分からない、録音現場の姿が、この一枚のトラックシートから少しずつ浮かび上がってくるようです。

Two Ones Are Won : #5 Two Ones Are Won

ミュンヘンでのレコーディング作業からは、5曲のラフミックス(リファレンス・ミックス)が残されています。

これらは2015年に発売された「Deluxe Edition」のコンパニオン・オーディオに収録され、公式に聴くことができるようになりました。

その中から今回は、本連載のタイトルでもある「Two Ones Are Won」を取り上げます。

「Two Ones Are Won」は、後に「Achilles Last Stand」となる楽曲に付けられていたワーキング・タイトルです。

“Two Ones”を11月(1が2つの月)に掛けた言葉という説もあるようですが、ジミー・ペイジ自身は後年、このタイトルがどこから来たものなのか記憶にないと語っていて、はっきりとは分からないようですね。

この音源は、1975年11月12日にMusicland Studiosで作業が行われたミックスのリファレンストラックです。

当時のスタジオでは、エンジニアのキース・ハーウッド(Keith Harwood)によって以下のようなトラックシートが記録されていました。

 

レコーダーは24トラックのマルチトラック・レコーダーが使用され、テープのイコライザー規格はアメリカの「N.A.B.」が適用されています。

シートの左上には、「5」という番号が確認できます。他の楽曲にも同様の番号が割り振られています。録音順か、あるいは当初予定していたLPの曲順を表しているのでしょうか。

この楽曲は、幾重にもオーバーダブ(O/D)が重ねられた複雑な構造で知られていますね。このトラックシートはまさにその設計図と言えそうです。

「Two Ones Are Won」の演奏自体は公式版とほぼ同一で、この時点で楽曲の骨組みはほぼ完成していたことが分かります。

 

一方で、公式版に聴かれるギターのオーバーダブがすべて網羅されているわけではありません。

左右の音のバランス(定位)が未整理で、音が前に出たり引っ込んだりする部分があります。

また、公式版のようなゲート・リバーブや、ボーカルを何重にも重ねる処理(マルチトラッキング)がまだ施されていないため、少なくともこのリファレンス・ミックスでは、ロバート・プラントのボーカルやジョン・ボーナムのドラムが非常に生々しい質感で残されています。

 

細部を検証すると、ギターソロ直前のロバートの叫び声がそのまま入っていたり、9分12秒付近からの「Ah..」には最初だけエコーがかかっていたりと、最終仕上げ前の段階であることが確認できます。

限られた24トラックを効率的に使うためでしょうか、1本のテープの時間軸(タイムライン)を区切り、前半と後半で同じトラックに異なる楽器やボーカルを割り当てる「タイムシェアリング(時間差上書き)」の手法が随所に見られます(まだトラックが余っているのに。)。

特にトラック9~12は書ききれず、シート二枚を使って、トラックの詳細を把握できるように記載されています。

たとえば、トラック9では、オーバーされた高音のギターのハーモニクスと、終盤のスライドギター、スピードを変えながらオーバーダブされたヴォーカル、12弦ギターによる最後のアルペジオが入っていますし、トラック12では、7 1/2ipsに速度を落として録音されたギターなどが読み取れます。

 

「あそこの部分はここに入っていたのかな?、こうやって録音していたのか」と、いろいろ想像すると面白いですね。

Two Ones Are Won : #4 ミュンヘンへ

SIR Studiosでのリハーサルを終えると、11月、Led Zeppelinは西ドイツのミュンヘンへ移動します。

 

この時期のバンドには、いくつかの事情が重なっていました。

当時のイギリスでは高所得者に対する税負担が非常に大きく、Led Zeppelinもその影響を受け、英国を離れて生活する期間が長くなっていました。いわゆる「tax exile」と呼ばれる状態です。

また、ロバート・プラントは8月の自動車事故で足を負傷したままで、まだ自力で歩くことができませんでした。マリブでの療養を経て、9月から10月にかけてロサンゼルスのSIR Studiosで4人でリハーサルを行いましたが、その時点ではまだ、残された録音からも完成した楽曲の姿はそれほど明確には見えてきません。

 

そして11月、録音場所として選ばれたのがミュンヘンのMusicland Studiosでした。

Musiclandを選んだ理由について、後にジミー・ペイジは、スタジオの評判が非常に良く、機材もきちんと整備され信頼できる環境だったことを挙げています。そして、何よりも短期間でアルバムを録音したかったのです。

実際、「Presence」の録音はここから猛烈なスピードで進んでいきます。

 

Musicland StudiosはArabella-Hausという建物の地下にありました。プラントはまだ車椅子や椅子を使って移動する状態でしたから、スタジオと滞在場所が同じ建物内にあるという環境も、結果的には非常に都合のよいものでした。

こうしてバンドはミュンヘンに腰を据え、「Presence」の録音を開始します。

 

Two Ones Are Won : #3 Malibu Session

75年のバンドの動向を追ってみましょう。


まず1月から3月まで北米ツアーを行っていました。
その後5月にはロンドンのアールズコートで5回のライブを行いました。
その後、ジャージー島を経てカリフォルニア州マリブへ移り、療養を続けていました。
当時のLed Zeppelinは英国の高い所得税を背景に英国国外で生活する期間が長くなっており、いわゆる「tax exile」と呼ばれる状態にありました。

「Presence」のリハーサルは、9月の終わりから10月頃にかけて行われました。プラントの滞在地であるマリブからロサンゼルスのSIR Studiosへ通い、4人でリハーサルを行いました。

 

SIRスタジオは、音楽機材のレンタルや、ツアー前のバンドが音を合わせるための「大規模なリハーサル専門のスタジオ」で、バンドはそこでリハーサルを始めました。

この時の録音は8分ほどが残っています。一般的に「Malibu session」と呼ばれますが、正確にはSIRスタジオでのセッション記録です。
リハーサルをした場所が正式な録音スタジオではなかったため、テープレコーダーで簡易的に録音されたもののようです。あくまで演奏を記録しておくためのメモ書きのような印象を受けます。

 

演奏曲は以下の通りです。
Royal Orleans [00:21]
ほんのわずかな演奏で、イントロのフレーズだけが残っています。

Tea For One (Hootchie Kootchie version) [01:49]
バックの演奏はTea For Oneですが、Hoochie Coochieといった、Hoochie Coochieなどのブルースの定型句を交えながら、即興的に歌っているように聴こえます。

Don't Start Me Talking / All My Loving [05:47]
1分ほど誰も演奏しない状態が続いた後、ソニー・ボーイ・ウィリアムソンIIの「Don't Start Me Talkin'」が始まります。途中二度ギターソロが入る、だらだらとしたジャムの雰囲気です。最後にロバート・プラントが唐突にビートルズの「All My Loving」のフレーズを歌って終わります。

 

このラフな録音を聴く限り、この時点ではまだアルバムの録音に入れるような完成度には達していないように感じられます。

しかし、11月にはミュンヘンのMusicland Studioで、短期間のうちに「Presence」の録音が進められます。11月までの期間に、曲はいったいどこまで作り込まれていったのでしょうか。

プリプロダクションの録音が残っていれば面白いのに、と思ってしまいました。

Two Ones Are Won : #2 Hots On For Nowhereの原型?

Hots On For Nowhereのアイデアは、アルバム「Physical Graffiti」の制作セッションにおける非公開音源でも聴くことができます。
時系列としては、現時点で確認できる「Hots On For Nowhere」に近い演奏として、これが最も早いものですね。「In The Light」や「Trampled Under Foot」、「In My Time Of Dying」といった楽曲群を構築する一連のセッションの中で、ジャム形式で演奏されています。

 

内容については、以前少し触れました。

この段階ではプラントのボーカルは入っていません。
演奏は大きく分けて二つのパートで構成されており、それらを交互に繰り返しています。
このうち、初めの方に演奏されるパートのフレーズが、後の「Hots On For Nowhere」のメインリフに通じる印象を与えます。
ここでの複雑なドラムパターンやアクセントの置き方は、ニューオーリンズのセカンドライン・ファンクを確立したミーターズなどの影響を受けたでしょうか....
ジミー・ペイジのギターには時折ワウがかけられており、ファンクのグルーヴを意識していたことが伺えます。

公式版(完成版)の「Hots On For Nowhere」には、さらにどことなくロカビリーの影響を思わせる軽快な雰囲気が加わります。
しかし、この1974年の段階における演奏は、ロカビリー的なノリよりも、リズムを核にして楽曲の骨組みや構成を確かめる実験的な演奏になっています。